the VOICE

Spirit of Blue

名波浩が語る、日本代表、その誇り。

PHOTOGRAPHY by HIROSHI SEO|TEXT by SENICHI ZOSHIGAYA

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稀代のレフティ、名波浩。ミッドフィールドに君臨し、非凡なパスセンスと展開力でサッカーファンを魅了した天才。ユース年代から代表のユニフォームを纏い続け、ジュビロ磐田の黄金時代を牽引し、そして日本人として初めてW杯のピッチに立った日本屈指の司令塔は、今シーズン、指導者として古巣を率いて見事チームをJ1昇格へと導いた。Jリーグの、アジアの、そして世界の壁を知る男の目に、もがき苦しむ今の日本代表の戦いはどう映るのか。厳しく、鋭く、時に熱く、日本サッカーへの思いを語る。

Q1_2015年の日本サッカーについて、名波監督の視点で総括をお願いします。代表のこと、Jリーグのこと、あるいは海外のクラブに所属する代表選手たちのことについて。

アギーレ監督が率いた年明けのアジアカップはベスト8で負けてしまいましたが、若いタレント性のある新戦力と代表の常連メンバーたちとの融合という意味では、いいスタートを切れたと思います。
しかし、一定の手応えがあったなかでの監督交代。明るい兆しを遮るような事態が起きました。
後任のハリルホジッチ監督は「速く前に、厚みのある攻撃」というコンセプトを掲げ、それをどれくらい選手たちが具現化できるかという部分に期待が集まりましたが、現状では尻すぼみという印象。最終的には3秒以上ボールを持っている選手が多すぎて、“個”に頼っている状況です。
今年最後の試合(対カンボジア:○2-0)で柏木(陽介)選手が目立ったのも、ダイレクトやツータッチでボールをはたき、リズムを変えるようなプレーをしたから。でも、本来であれば全員がそういうサッカーをしないと、格下格上に関係なく、現在のアジア各国代表を崩すのは大変かなと思います。
Jリーグについては、CS制度の復活をはじめ、レギュレーションの変更がありましたが、こういったことは世界各国を見てもしばしばあること。プレーしている選手たちにはあまり影響はないと思います。リーグの運営について試行錯誤するのは、僕はいいことだと思います。何かを変えようとする時、どうやったって賛否両論は出てきますから。

Q2_ハリルホジッチ監督が目指すサッカーのキーワードに「デュエル」、つまり球際の戦いに強いということ、そして縦に速い攻撃を仕掛けるということがテーマとしてあると思います。改めて、ハリルホジッチ監督が志向するサッカーについて、名波監督はどういった印象をお持ちでしょうか。

W杯の本大会で勝つためのイメージを持っているな、ということを強く感じます。
縦の速さや奪ってからフィニッシュまでにかける時間、そういうものを念頭に置いた戦術。例えば前線の選手の動き出しは、誰かが囮になりながらスペースを空けて、2人目が絡み、ボールが入ったら3人目が出てくるとか、そういう手間をかけた方法ではなく、もっとゴールに直結するような動き出しを要求している。そこで結果的にスペースが空けば有効に使っていく。常に「ゴールに直結する」ことをイメージしている点が素晴らしいと思います。でも、実際にはまったく実行できていませんよね(笑)。
ここ何試合かは、そんなことは選手たちの頭の中からどこかへ飛んでしまっています。会見での言葉を聞いているだけですが、ハリルホジッチ監督自身も、自身が目指すサッカーについて発言していない。
しかも、プレーしている選手たちはいいところ見せようと必死だから、3タッチ、4タッチ、5タッチとプレースピードがどんどん遅くなる。遅くなれば、当然相手も帰陣していますから、そりゃあ簡単に守れますよ。
そういう悪循環に陥っているという印象です。

Q3_今年はいわゆる強豪国との対戦がなく、基本的には格下の引いて守ってくる相手と試合をすることが多かったですよね。スペースを消された状態で、ハリルホジッチ監督がイメージするような速い攻撃ができないという、相手の問題もあるように見えました。

いや、問題は日本代表側にあると思います。
自分のことしか考えていない選手があまりに多すぎるんですよ。例えば、代表戦で結果を残して(プレーするクラブに)帰りたい、とかね。僕には選手たちがそればかりを考えているように見えてしまう。
犠牲心や忠誠心、フォー・ザ・チームの気持ちをもった選手が何人いるのかと思ってしまいます。

Q4_2014年のブラジルW杯までの3年間、前々任者であったザッケローニ監督は一歩ずつ日本のポゼッションサッカーというものを突き詰め、成熟させていきました。プレーしている選手たちはもちろん、見ているファンも手応えを感じていたなかで挑んだ本大会でしたが、結果は惨敗。日本サッカーが目指すべき方向性がぼやけ、見つめ直す契機となりました。あれから1年半が経ち、まだそれに対する明確な回答を得られていないように思います。今改めて、ブラジルW杯敗退の意味をどう捉えていますか。

まずは、本大会でコンディションの悪い選手が何人かいたことが大きな問題だったと捉えています。
2013-14シーズンの過ごし方がよくなかった。あるいは移籍問題がうまくいかなかった。そういう準備の部分で、スタメン組のコンディションにバラつきがありましたね。
今、おっしゃったような、ザッケローニ監督が目指したポゼッションサッカーこそ、日本サッカーが突き詰めて目指すべきスタイル、というのが自分が現役でプレーしていた頃から変わらない僕の意見です。
現代でいえば、例えばクリスティアーノ・ロナウドやベイル、あるいはイブラヒモビッチといった規格外の選手というのは、なかなか日本では生まれにくい。それならば、やはりボールを動かしながら、組織的かつ人数をかけてスピーディに崩す。そういうイメージを持ったザッケローニ監督のサッカーには、僕はすごく好意的でしたね。
ただ、なぜ本番でそれができなかったのか、ということに関しては、コンディションもしくはプレッシャーの問題なのか。プレーしていた本人たちは理解しているとは思いますけど、個人的には、一番大きい原因はコンディションだったと認識しています。加えて、本大会の本番でパワープレーという最後の奥の手を使ってしまった。パワープレーを好んで使うであろうイタリア人監督が3年間も封印し続けてきて、しかし、最後の最後で使ってしまった。ならば、やはりあのメンバー選考はおかしかっただろうと。ブレずに続けてきた根本をひっくり返すような采配が露呈したのは残念でした。

Q5_あの采配も含めて、日本のサッカーファンの多くは、それまで信じていたものが揺らいでしまうような、ショッキングな感覚に陥ったのではないかと思います。

あれはひらめきによる采配だったのか、それは自分にも分かりません。
もし、それによって得点が入って勝ったり、あるいは同点になったり、そういうことが起こっていたとすれば、まったく話は変わっていたでしょうね。ただ、大事に組み立ててきた3年間というものを、ああいう形で壊してしまったという感覚は、おそらく監督の中にもあったのではないでしょうか。メンバー選考の部分で、「だったら俺だろ!」という気持ちを持った選手がいたのは間違いないでしょうから。例えば豊田(陽平)選手、とかね。

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Q6_今年の親善試合のイラン戦(△1-1)の後で、本田(圭佑)選手は「(Jリーグ発足から)日本は急激にレベルを上げた。上げれば上げるほど、経済と一緒で伸びにくくなる」という趣旨の発言をしました。つまり、日本サッカーのレベルはある程度頭打ちにあると。この意見については、どうお考えになりますか。

考え方が3つあると思います。
ひとつは、ザッケローニ監督が目指したサッカーを踏襲し、そのまま継続すべきという考え方。二つ目は戦術をまったく新しく変えるという考え方。最後はメンバー。つまり、血を入れ替えるということ。とくに主力の部分に関して。
もし、日本の代表レベルが頭打ちになっていると感じるのであれば、僕はこの3つのうちのどれかを実行するべきだと考えます。
ただ、成長曲線のことは、僕もはっきりとした回答はしかねます。この20年間で日本サッカーの裾野が広がったことによって、サッカー人口が増え、サッカーを好きな人が増え、その分母が多ければ多いほど、いい選手が出てくる確率は上がっているはずです。その反面、裾野の広がりによって、本来であれば、あるエリアとあるエリアの人材は同じチームに入るべきところを分割されて別のチームに入ってしまう。それによって戦力の分散が起こる。これは課題のひとつなのかな、と。僕はサッカー王国と呼ばれる静岡に生まれ育っているので、そういうことを強く感じることがあります。

Q7_埼玉県や千葉県などにも同様のことが言えそうですね。サッカー先進県でサッカー人口も多い一方で、いわゆる群雄割拠のような状態になり、優秀な選手が分散してしまう。ましてや、近年ではジュニアやユース年代のクラブチームも増えています。

そう思いますね。地域性がなくなってきたとはいえ、他県でも似たような状況にあるでしょう。
つまり、本来であれば、(育成年代レベルで)スター的な扱いを受けるべき優秀な選手が何人かいたとして、エース級の選手が同じチームに在籍することで、競争が生まれて洗練されたり、もしくは優秀な選手がコンバートされて隠れていた才能が開花するということが起きるはずなのに、それが複数のチームへと別れてしまうことによってそこそこのレベルで満足してしまう。高校サッカーを見ても、今はどこが勝ってもおかしくない状況ですよね。サッカー先進県が勝てない一方で、地方はすごく勝ちやすい。

Q8_日本サッカーの裾野が広がったことによる弊害というのは、次代を担うような強烈な「個性」を持った選手が生まれにくくなっている、ということなのでしょうか。

僕はそう思うんです。個性で言ったら、今は少なくなってきている。

Q9_日本サッカーのレベルを上げるために、Jリーグのレベルを上げなければいけないということは、いつの時代も言われてきたことですが、今改めて、この課題を具体的にどう成し遂げていくのか。指導者としての立場から、名波監督のご意見をお聞かせください。

それは我々指導者の永遠の課題ですね。
一年ごとにJリーグ、あるいは日本人選手のレベルというのは上がってきてはいると思います。先ほども言ったような個性やストロングポイントをうまく引き出してあげたり、あるいは得意なプレーエリアに配置したり。そういう部分は、指導者側も色濃く出していく必要があると思います。
ただ、ポジションのコンバートや、突拍子もないことをやろうとすると、選手はもちろん、サポーターなどの周囲からも拒否反応が出る可能性がある。それは負の要素になってしまいます。何かを変えようとすることで、成長してほしいと願う選手に影響することもある。監督になってからは、そういう部分には細心の注意を払うようにはしていますね。
でもやっぱり、一番手っ取り早い方法は、いい外国人プレイヤーが来て、リーダーシップを持ってチームを引っ張り、経験を選手に伝えてくれることですよね。現在はクラブの予算の問題もあって、そういうことがなかなか難しいとは思いますけど。

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Q10_今年は日本代表のユニフォームデザインが新しくなりました。名波監督は、初めて代表のユニフォームに袖を通した時のことは憶えていますか。

もちろん憶えています。プロに入って、5ヶ月くらい経った頃でした。デビュー時の背番号は14番。
小学校から大学生まで、自分の手元に取っておこうと思ったユニフォームは1枚もなかったんですが、日本代表のユニフォームを手にした時に初めてそういう感情が湧いてきました。自分が日本代表選手になれたんだという嬉しさと、やっと親孝行ができたという気持ちでしたね。

Q11_A代表以前にも、各カテゴリで代表経験はあったと思いますが。

A代表はやはり特別です。日本でその瞬間に、一番優れている22、3人が集まるわけですから。そこには特別な感情がありますよね。

Q12_1996〜2000年までの約4年間は、その日本代表で10番を背負うことになります。そこにも何か特別な思い入れはありましたか。また名波監督のイメージする理想的な10番の選手は誰ですか?

10番といえばマラドーナですね。同じ左利きだということもあって特に好きな選手です。
でも10番を着ていたから好きだったわけではなくて、純粋にプレーが好きでした。正直、10番という背番号は決して好きな番号ではなかったですね。後の(中村)俊輔や、今の(香川)真司は10番を着たくて着ている。でも僕はどちらかといえば、10番を付けたくないタイプだった。
なぜかというと、メディアで「10番」という数字は、選手の名前よりも先にくるんですよ。背番号6の誰々、とは決して言わない。数字で表されるのは、あまり好きじゃなかったんですよ。小さい頃から、名字にかけてずっと7番を付けてきてましたし、クラブでも7番を背負っていましたから。むしろ、7番への愛着のほうがすごいですよ。

Q13_10番のイメージは長らく、いわゆるファンタジスタと呼ばれるような花形のプレーヤーが付ける背番号でしたが、ピッチ上のあらゆる面で戦術が浸透している現代サッカーの世界では、10番が持つイメージも変わってきていると思いますか。

ちょうど自分が日本代表で10番を背負うことになった時、当時のジュビロの監督が(ハンス・)オフトさんだったんです。
彼は元日本代表監督でもあり、世界やアジアとの戦い方を熟知している人だったわけですが、そんな彼に言われたのが「背番号は(プレーに)関係ないけど、もし、名波が10番というものを気にするのであれば、ユニフォームを汚す10番になりなさい」ということでした。僕の課題が守備だったということで、そういう言葉を投げかけてくれたんだと思うんですけど、決して綺麗でファンタスティックなだけが10番ではない、そういう意味だったんだと捉えてます。
スライディングはもちろん、体を投げ出したり、ハードなボディコンタクトだったり、そういうことは意識してやろうと思ったのを憶えています。もともと中盤の真ん中にポジションを取ることが多かったので、ボールを丁寧につなごうとか、ゴール前には顔を出そうとか、そういうことが結果、自分の10番像につながっているんだと思います。

Q14_先ほど「個性」についてのお話が少しありました。名波監督は指導者として、選手にはどういう個性を求めますか。

個性って結局、人がそれを認めてくれないと個性にならないと思うんですよ。
サッカー選手について言えば、例えば自分の個性を生かしたボールを味方が出してくれる回数が増えれば増えるほど、それが活かされていると感じる。自分で個性を出そうとすると、なかなか難しいんですよね。
最近は「個性」という言葉が独り歩きして、メディアでの露出の仕方などを見ているとキャラクター先行型というか。何もキャラ作りのために、一生懸命頑張る必要はない。個性っていうものが、逆に消されてしまっているように思います。それがサッカー人気のためだというのであれば、やってほしいと思う部分もある。だから、一概には言えないんですけどね。ただ、ヨーロッパの一流選手たちは、余計なことはしませんよ。個性っていうのは、あくまでピッチの中だけのことで。
だから僕は、メディアに対してもそうですし、トレーニング中の選手同士の会話でも、言葉遣いには気をつけろと言っています。それが本当の意味で「個性」を消す、ひとつの要素にもなりうるという点で。

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Q15_では最後に、改めてこれからの日本代表に期待することがあれば、それはどういった部分でしょうか。

代表は日本のトップですから、まずはチームの勝利が第一。自分のことは二の次、三の次でいて欲しいなと思います。そのうえで、(アジア予選を)勝ち続けていくという大前提のもと、できればサッカーって楽しいなっていうところをもっと見せてほしいですね。直近の何試合かは、楽しさの「た」の字もないですから。
チームプレーの中で、局面で構わないので、ひらめきだったりインスピレーションを大事にするようなサッカーを見せてくれれば、それが「個性」になる。あの選手はああいうものを持っているんだと、外から試合を見ていても楽しめますし、仲間もその「個性」を活かすチームプレーをするはずです。そういうことが、次の試合も見たい、というワクワク感を生むと思うんです。

Q16_「今の日本代表には個性がない」とか、「個の力が足りない」なんて言われたりしますけど、「我を出す」ということとは、少し意味が異なるということですね。

まさにその通りですよ。ピッチ外でのパフォーマンスでキャラクターを打ち出したり、個性を発信する必要なんてない。
それはこの代表のユニフォームを着ている選手たちがやることではないだろうというのが僕の意見です。今の代表には、確かな実力をもっていて、我々OBがものすごく期待を寄せる選手がたくさんいます。彼らがもし、チームの勝利ではなく、自分の活躍や人気獲得を優先するのであれば、今の日本サッカーに必要ない。そう思っています。

Q17_本日はありがとうございました。いつか名波監督が率いる日本代表を見られる日がくることを、楽しみに待っていてもよろしいでしょうか。

今少し前に岡田武史元日本代表監督と話をする機会があったんですけど、やはり公私に渡ってプレッシャー戦わなければいけない大変な仕事だそうです。今はジュビロ磐田のことに集中しているので、そんなことは考えたこともないですね。
でも、代表チームには常に関わっていたいという気持ちはあります。日本代表という責任や誇りを叩き込まれて育ってきた世代なので。それはユース年代のときにアジア予選を突破できなかった自分の経験、W杯予選を一度も突破できなかった先輩たちの意思もそうですし。「頼むな!」っていうバトンをもらって、我々はやってきたわけで、それを脈々と今も渡し続けていると思いますから。指導者としてかどうかは分からないですが、いつか日本代表の役に立ちたいなと思っています。

名波浩

Jリーグ ジュビロ磐田監督。現役時代のポジションはミッドフィールダー。元日本代表。Jリーグのジュビロ磐田、セレッソ大阪、東京ヴェルディ1969、イタリア・セリエAのACヴェネツィアでプレーした。Jリーグベストイレブンを4度受賞。日本代表としても背番号10を背負い、1998年のフランスW杯に出場。